2020年04月04日

インターネット界のパズル史20年くらいを振り返る。(第3章)

こんにちわ。半袖です。

インターネット界のパズル史20年ちょいを振り返る。の第3章です。
個人ホームページでの情報発信から始まったインターネットパズル史の流行は、2000年代にブログへ変化。そして2010年代はいよいよSNS時代の到来であります。
題して「ブログは終わった、これからはTwitterだ時代」です。


◆注意事項

  • 間違っている内容を記載していたらすみません。本記事コメント欄などでお知らせください。

  • 個人のホームページなどはほとんどがリンク切れとなっております。URLは分かる範囲で記載してまして、興味のある方はInternet Archiveで調べるとアーカイブが残ってたりしますので、こっそりお調べください。

  • パズル作家のペンネームを承諾なしにご紹介しています。俺は載せるな!などありましたらすみません。コメント欄でお知らせください。





◆目次




【第3章:2011年〜2018年くらい】
ブログは終わった、これからはTwitterだ時代


■Twitterでの情報発信がパズル界の主流に
■ブログは終わった、いややっぱ終わってないか
■ホームページ文化の終焉


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■Twitterでの情報発信がパズル界の主流に

2000年代後半より、Facebookやmixi、TwitterなどのSNSが日本国内で流行。パズル界ではもともと本名ではなくペンネームでお互いを認識しあう関係でしたので、SNSの中でもオープンでつながり方が緩いTwitterが流行します。


▲私の初ツイート。2010年5月。
パズル勢の中では比較的後発組か。


当初は簡易ブログの延長線上的な使われ方でしたが、2010年以降くらいから作り手/解き手に関わらずユーザー数が増えていき、パズル界の一大コミュニティとして発展していきます。第1章でも触れましたがパズル界のコミュニティの元祖は掲示板文化だったので、パズルに関する話をゆるく拡げるならブログよりもTwitterのほうが向いていたのかもしれません。

Twitterは2020年となった現在においても、パズルの話題の最先端の情報発信場所として変わりはありません。
が、2000年ごろのホームページ時代に20代30代でワイワイやってた皆さんは、もう40代50代のおじさんおばs、いや紳士淑女。かたや令和の今の時代にパズルに触れたナウなヤングな若者は当然10代。下手すりゃお子さんと同年代、もしくはそれ以上だったりします。

ということで現在においては、Twitter界のコミュニティがこれまでの「ニコリスト」という括りだけでなく、様々な形に分派してきている時代と言えるでしょう。このあたりも第3章に入れようと思ったんだけど、長くなりそうなので第4章で詳しく書きますよ。


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■ブログは終わった、いややっぱ終わってないか

終わったとか書いたんですけど、まー見出しはちょっと目立つくらいがいいからね。終わってないねぜんぜん。

第2章で書きました通り、パズル制作・出題サービスの発達とともにパズル問題を投稿するブログが次々と誕生しました。この流れは2010年代も変わらずで、多くのパズル作家がブログを立ち上げています。2000年代と比較すると、パソコンではなくスマートフォンで問題を解く人が増えたため、サイズは10×10での出題が主流となってきました。

●トクナキラさん(トクナキラのパズル工房)http://puzzleblog542.blog.fc2.com/
●とおんきごうさん(とおんきごうのブログ)https://toonkigou.hatenadiary.org/
●黄色い烏さん(黄色いパズル)http://kiiroipazuru.blog.fc2.com/
他多数。紹介しきれなくてスマン。

Twitterはログが流れていってしまうので、問題をストックする場としてブログは未だ多くのパズルユーザーに使われているようです。問題投稿ではなく、特定のパズルの話題を記事にするといった役割はTwitterのほうに吸収された感はありますが、2018年より始まったペンシルパズルアドベントカレンダー(https://adventar.org/calendars/4262のような企画内でパズルへの想いを記事にしたりなど、新たなブログの使われ方も始まりつつあります。


▲若手パズル作家や早解き世界大会参加者などが様々な記事を発表した「ペンシルパズルアドベントカレンダー」(ホームレストランさん主催)。これからも12月の定番企画になりそう。



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■ホームページ文化の終焉

こっちは終わったな。完全に。まちがいない。
もともとホームページ制作というのは、インターネット回線を契約しているプロバイダーの付随サービスという形で多くの方が作り始めました。が、そんなサービスを20年あまりにもわたって継続できるわけがなく、サービス終了とともに多くのパズル系ホームページが徐々に姿を消していきます。
そのトドメとなったのが2019年の「Yahoo!ジオシティーズ」の終了です。これでパズル系のホームページはほぼ全滅してしまったと言っていいでしょう。もったいないですねー。


▲消えてしまったコンテンツ例@。あさおきたんさんの「物語オモパの歴史(http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Poplar/2112/omopashi/)」。ニコリ21号「線を引く」から96号「天体ショー」までに登場したオモパを歴史書風にまとめた神コンテンツでした。


▲消えてしまったコンテンツ例A。にゃんこばずうかさんの「へやわけ用語の基礎知識(http://www.kamome.or.jp/nyanbaz/heyaroom/heyadas/heyadas.html)」。あるパズルの手筋を体系的にまとめたのはにゃんばずさんのこれが初めてだったでしょう。その後、ペンシルパズルwikiの中で復刻されています。

ホームページ文化の終焉はニコリ社にも余波が及びました。
第2章で触れた「ニコリコム」も、2018年にサービスを終了します。要因として大きかったのはやはり、web上でパズルを解く文化がパソコン→スマートフォンに切り替わったのが大きいでしょう。ニコリコムはFLASHを使っていたため(2020年にサービス終了予定)、やむを得ない閉鎖だったのかもしれません。


▲現在のニコリコム跡地。楽しかったあの頃。

一時はFLASHを使わない形でのリニューアルも検討されていたようですが、そもそもモバイル端末で解くということを念頭に入れるならば、出題方法含め大幅な刷新が必要となります。
そこで1年後の2019年、満を持してスタートしたニコリ社の新サービスが「スマニコリ」であり、ニコリ社とは別軸で誕生したパズル出題サイトが「パズルスクエア」でありました。(第4章に続く)


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【第4章:2019年くらい〜これから】
インターネットパズル史は新たな時代へ

に続きます。
posted by 半袖 at 20:14| Comment(0) | TrackBack(0) | パズル
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